ヨーガ堂・土-tsuchi- : yoga-do-tsuchi | アーユルヴェーダ パンチャカルマレポート②
ヨーガ堂・土 –tsuchi- はシヴァナンダヨーガを基本とした、少人数制のヨーガクラスです。アーユルヴェーダとヴェーダーンタ、ヨーガの3つのインド伝統の智慧をシェアしていきます。 アーユルヴェーダの薬を使ったオリジナル染め”薬壺染め"を使ったヒーリングも開発しています。
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アーユルヴェーダ パンチャカルマレポート②

パンチャカルマとクリニックでの生活を振り返って

インドから帰国して、早1か月が経とうとしている。
今回の経験は感じたこと考えたことが多すぎて、何から書こうかまとまるのか思案中だが
思いのままに書いていこうと思う。

今回のアーユルヴェーダの旅は自力では行けないはずだった。
先生方がバックアップしてくださり、今パンチャカルマを受けるべきと背中を押していただいて参加することができた。思えば確かにその通りで、行くことができたから「今」があって、こうして前を向いて進むことができている。

パンチャカルマを受けたいと思ったのは、今まで身体を大事にしてこなかった積み重ねが
溜まって詰まって、1枚膜を覆われたような感覚で、直感が鈍っていると感じていたから。
そして、ここでいったん立ち止まって、自分の身体と心と向き合いたかった。

感情と身体の毒に向き合う

クリニックに着いて3日後にギーを飲み始めた。
今まで体内に溜めてきたもの、アーマ(毒素)を引きはがす作業。
ギーを飲んでいる期間は、携帯の電源を切り、なるべく言葉を発せず、お風呂にも入れない、ご飯はキチリのみ。
私は全部で4日間のギー。1日目、最後の日がきつく、気持ち悪さと満腹感が続く。2日目に、舌に反応があり、隠れていた身体の不調を知らせてくれた。日に日にギーはだんだんと深い組織細胞にまで染み渡っていき、それと共に、蓋をしていた感情の詰まりが外へ出てくる感じがした。なんでお酒を毎日飲んでいたかということと、向き合わなければいけないと思いながらも、できればこのままなんとなく暮らしていけたら…と現実逃避していたことも、それが詰まりとなって、感じる力を鈍らせているということがわかった。感情が表に出てきて声を出して泣くこともあった。
そして5日目にパーゲーション。アーマを出すこの治療が一番しんどかったけれど、浄化されていく身体と向き合った長い1日となった。パーゲーションの後は、覆っていた膜がはがれたように、視界は明るく、味覚も繊細に、五感が澄んでいた。

どこにいても毎日は特別なんだ

その後は、きれいになった身体に今度はエネルギーを入れて、さらに残ったアーマを出していく治療を続けた。ドクターが、個人の資質や今の状態に合わせてトリートメントを決める。
トリートメントはいくつもあって、Abhyanaga(オイルマッサージ)、Podikizhi(ハーブとオイルを身体に叩いて染み込ませる)、Shirodara(額の辺りにオイルを垂らす)、Udvartanam(パウダーマッサージ)、Nasya(鼻からオイル)、Pitu(部分的にオイルを浸透)、
Pizhichil(オイルバス)、Vasti(お尻からオイルを注入)など、たくさんのトリートメントを
信頼できるセラピストから受けることができた。
基本、毎日2回のトリートメントと毎朝のドクターのコンサルテーションと、早朝のアーサナクラス、夕方の瞑想クラスがあり、私は瞑想クラスがお気に入りで、日に日に変わる感覚を味わいながらゆっくり過ごせる時間だった。

トリートメントは心地よく、感覚はクリアで、ご飯がおいしい、お腹がすく、風を感じる、
人の優しさ、共に学べる仲間がいること、信頼できる先生、今生きてると感じること、
自然は変化すること,他人との違いを認めること、毎日たくさん感じて、
なんて贅沢な毎日なんだろうとありがたく思い、でもほんとは日本での暮らしも贅沢で幸せなのに、自分が当たり前に思ってしまっているだけで、どこにいても毎日は特別なんだ、それを忘れたくないと思った。

ドクターにいただいた光の言葉

ドクターのコンサルはいつも一人一人に丁寧に向き合って、些細な心配事も悩みに対して、進むべき方向を示してくださった。
「すぐに答えを出そうとしなくていい、丁寧に見て考えて,手放す時はやってくる」
「ひとつひとつできることから、急がなくていい、焦らないで」
「ありのままをありのままに受け入れる」
ドクターはいつも光になる言葉を投げかけてくれた。

「その時その時のタイミングは計られるべくしてそのようになっている」
「起こることは起こる」
日本に帰って、それを目の当たりに感じる出来事が起こって、混乱して、悩んで、
目の前が真っ暗になったけど、そこにドクターが示したくれた光があって、
インドに行けたことも、この出来事も全部全部繋がっていることを感じた。

ようやく前を向けた今、
インドで学んだこと、感じたこと、それを日本の日常の中でまた体験して、気づいて、
改めて感じて、自分のものにしていくことで、理解が深めていきたい。
そして言葉する。伝えるための言葉に。
ゆっくりと、光の射す方向に一歩ずつ進んでいこうと思う。

(C.Yさん)