ヨーガ堂・土-tsuchi- : yoga-do-tsuchi | アーユルヴェーダ パンチャカルマレポート③
ヨーガ堂・土 –tsuchi- はシヴァナンダヨーガを基本とした、少人数制のヨーガクラスです。アーユルヴェーダとヴェーダーンタ、ヨーガの3つのインド伝統の智慧をシェアしていきます。 アーユルヴェーダの薬を使ったオリジナル染め”薬壺染め"を使ったヒーリングも開発しています。
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アーユルヴェーダ パンチャカルマレポート③

2回目のパンチャカルマを受けて

日本から乗り換えと宿泊をしながら何時間も乾燥した飛行機に乗り、タクシーで山道を駆け上ってようやく、その上にあるクリニックへ。そこで懐かしいドクターの優しい笑顔に出迎えられました。

サットヴァなクリニック

パンチャカルマはこれで2回目です。
前回受けた場所とは位置的には少し違っているだけのマウンテントップクリニック。
ここに来るまでは、もっとインパクトがあるのかと思っていたのですが、それとは違います。
ある日、ドクターは、「前の所と、ここはどう違う?」と聞いてきました。
「前の所はリゾートで、ここは・・・ドクターのお家にお招き頂いた感じがします。」と、その時、すーっと頭に浮かんできました。
決して華美な装飾があるわけでもないし、賑やかなイベントもないけれど。
ドクターがリラックスされていて、ご家族も住んでおられ、スタッフの人たちも皆親切で家族のよう。
これこそがラジャシック(避けるべき騒がしさ)でなくサトヴィック(ヨーガ、アーユルヴェーダとして保つべき清浄さ)なのかしら。
その場所にいれば、自然に身体が緩み、空気は澄んでいて、水は甘くてまろやか、感情は穏やかでいられる。
ただ、「そこに存在している」という感じの場所だと私は感じました。

動き回る心の奴隷になっていた

さて、パンチャカルマですが、いま振り返って全体を通してみると、やはり波があったと思います。
前半のギーを飲む所では、考えに脅かされず意外にも落ち着いていてました。
毎日をある程度、穏やかな心と笑顔で過ごしていました。
ご飯を楽しく笑顔で頂き、本当に美味しくて感謝をしていました。
家族の声や騒音のしないところで1人で過ごせる有難い機会でしたし、自分のすべきことは分かっていましたから。

そんな風に穏やかなようでいたのですが、波がやって来ます。
ギーを服用後にパーゲーション(下剤)を飲むのですが、途中で我慢できずに吐いてしまったのです。
そのことがあまりにもショックとビックリで・・・。頭が真っ白になり、茫然とし、動けませんでした。
この時、今回のパンチャカルマは「失敗」したと私は思ったのです。
急に、「悲しい・・・」「ここまで何年も待ったのに」「費用の捻出」「家族への説得」「残り3週間、私だけどう暮らそう?」
「皆に気を使わしてしまう」「油まで飲ませたのに、自分の身体が可哀そうで申し訳ない」「いや、これもプラサーダ(神様からの贈り物)と受け入れよう」etc・・・
それまでの心の穏やかさやはどこへやら・・・、考えが動き回ることと言ったら。笑。
本当のところで心と体をドクターやアーユルヴェーダに預けきれていなかったですし、なさそうに見えても過度な期待があったのですね。
ドクターに状態を説明して頂き、
「吐く」こともあるということ、それがその人の、今の状態にあった身体からの反応だということを教えてもらいました。
こうしてまた急に笑顔に戻った私・・・。
ドクターのコンサルテーションまでの2時間の心の動き。
この一連のことこそ、今の私のインバランスの状態を示していました。
人の言葉1つ1つに反応し、奴隷になる。
自分の内側を見て、自分で判断する心を持つことが大切なのですね。

ドクターにいただいた宿題

私はドクターに委ねていたため、私はトリートメントの内容に、何故それをするのかなど、それほど興味はなく質問もしなかったのですが、
パンチャカルマが進んでいくにしたがって、コンサルテーションの時のドクターに「これからどういうふうに生きていきたいのか」というお言葉に段々混乱していきました。
自分がどう生きていくかが分からなかったからです。
人から見れば簡単なことでも、本人は見たくないから見えないのか、気付こうとしないのか。
その時の私には自分のことがよく見えていませんでした。

自分の種と癖に気づき、種を育て、癖を見て、
芽が出てきたら優しい心で今に戻し、日々の出来事と自分の役割を体験して生きていく。
私の行き方はそれでいいのかと今は思います。
そうすることにより、考えも変化していく。そして変化を恐れない。自分のことだけでなく、他者に対しても優しくなっていけるような。
そんな気がしています。

魔法を期待するのではなく、主体性を持つということ

今回気づいたことは、パンチャカルマとは・・・「魔法」ではないということ。
ドクターに治してもらうのではなく、機会を頂き自分でバランスしていくものなんだと思いました。
他人に治してもらうという意識があると、期待が生まれます。期待が生まれるとそれにそぐわない結果だと落胆します。
落胆すると、悲しみや怒りなどネガティブな感情が生まれます。そしてそれに振り回されて生きていくことになる。
パンチャカルマを受けるに越したことはないかも知れませんが、色々な事情で受けれないとしても、
毎日の「生活態度」を丁寧に、丁寧に意識的に生きていくことこそが重要なのだ思います。

ドクター、奥さんのギータさん、サマンヴィタ、シヴァート、セラピストの方々、スタッフのクマールジ、インドリアーニ、ガヤトリー、シヴァジ、
他スタッフの皆様、そしてヨーガマスター・カーリージ・・・今回、この機会を頂けて感謝しています。
なな先生、たけし先生、いつも心を尽くして頂きありがとうございます。ブナさん、色々と我慢をさせてしまいました、ありがとう。
パンチャカルマのメンバーの皆様、一緒に過ごしてシェアをしてくれてありがとう。いつも助けて頂きました。一緒に来れてよかったです。!(^^)!
ここに来させてくれた両親、クラスの生徒の皆様、ありがとうございます。
そして、私をここまで導いて下さった全ての神様へ感謝を申し上げます。
ありがとうこざいました。

(H.Iさん)