ヨーガ堂・土-tsuchi- : yoga-do-tsuchi | パンチャカルマ
ヨーガ堂・土 –tsuchi- はシヴァナンダヨーガを基本とした、少人数制のヨーガクラスです。アーユルヴェーダとヴェーダーンタ、ヨーガの3つのインド伝統の智慧をシェアしていきます。 アーユルヴェーダの薬を使ったオリジナル染め”薬壺染め"を使ったヒーリングも開発しています。
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2回目のパンチャカルマを受けて

日本から乗り換えと宿泊をしながら何時間も乾燥した飛行機に乗り、タクシーで山道を駆け上ってようやく、その上にあるクリニックへ。そこで懐かしいドクターの優しい笑顔に出迎えられました。

サットヴァなクリニック

パンチャカルマはこれで2回目です。
前回受けた場所とは位置的には少し違っているだけのマウンテントップクリニック。
ここに来るまでは、もっとインパクトがあるのかと思っていたのですが、それとは違います。
ある日、ドクターは、「前の所と、ここはどう違う?」と聞いてきました。
「前の所はリゾートで、ここは・・・ドクターのお家にお招き頂いた感じがします。」と、その時、すーっと頭に浮かんできました。
決して華美な装飾があるわけでもないし、賑やかなイベントもないけれど。
ドクターがリラックスされていて、ご家族も住んでおられ、スタッフの人たちも皆親切で家族のよう。
これこそがラジャシック(避けるべき騒がしさ)でなくサトヴィック(ヨーガ、アーユルヴェーダとして保つべき清浄さ)なのかしら。
その場所にいれば、自然に身体が緩み、空気は澄んでいて、水は甘くてまろやか、感情は穏やかでいられる。
ただ、「そこに存在している」という感じの場所だと私は感じました。

動き回る心の奴隷になっていた

さて、パンチャカルマですが、いま振り返って全体を通してみると、やはり波があったと思います。
前半のギーを飲む所では、考えに脅かされず意外にも落ち着いていてました。
毎日をある程度、穏やかな心と笑顔で過ごしていました。
ご飯を楽しく笑顔で頂き、本当に美味しくて感謝をしていました。
家族の声や騒音のしないところで1人で過ごせる有難い機会でしたし、自分のすべきことは分かっていましたから。

そんな風に穏やかなようでいたのですが、波がやって来ます。
ギーを服用後にパーゲーション(下剤)を飲むのですが、途中で我慢できずに吐いてしまったのです。
そのことがあまりにもショックとビックリで・・・。頭が真っ白になり、茫然とし、動けませんでした。
この時、今回のパンチャカルマは「失敗」したと私は思ったのです。
急に、「悲しい・・・」「ここまで何年も待ったのに」「費用の捻出」「家族への説得」「残り3週間、私だけどう暮らそう?」
「皆に気を使わしてしまう」「油まで飲ませたのに、自分の身体が可哀そうで申し訳ない」「いや、これもプラサーダ(神様からの贈り物)と受け入れよう」etc・・・
それまでの心の穏やかさやはどこへやら・・・、考えが動き回ることと言ったら。笑。
本当のところで心と体をドクターやアーユルヴェーダに預けきれていなかったですし、なさそうに見えても過度な期待があったのですね。
ドクターに状態を説明して頂き、
「吐く」こともあるということ、それがその人の、今の状態にあった身体からの反応だということを教えてもらいました。
こうしてまた急に笑顔に戻った私・・・。
ドクターのコンサルテーションまでの2時間の心の動き。
この一連のことこそ、今の私のインバランスの状態を示していました。
人の言葉1つ1つに反応し、奴隷になる。
自分の内側を見て、自分で判断する心を持つことが大切なのですね。

ドクターにいただいた宿題

私はドクターに委ねていたため、私はトリートメントの内容に、何故それをするのかなど、それほど興味はなく質問もしなかったのですが、
パンチャカルマが進んでいくにしたがって、コンサルテーションの時のドクターに「これからどういうふうに生きていきたいのか」というお言葉に段々混乱していきました。
自分がどう生きていくかが分からなかったからです。
人から見れば簡単なことでも、本人は見たくないから見えないのか、気付こうとしないのか。
その時の私には自分のことがよく見えていませんでした。

自分の種と癖に気づき、種を育て、癖を見て、
芽が出てきたら優しい心で今に戻し、日々の出来事と自分の役割を体験して生きていく。
私の行き方はそれでいいのかと今は思います。
そうすることにより、考えも変化していく。そして変化を恐れない。自分のことだけでなく、他者に対しても優しくなっていけるような。
そんな気がしています。

魔法を期待するのではなく、主体性を持つということ

今回気づいたことは、パンチャカルマとは・・・「魔法」ではないということ。
ドクターに治してもらうのではなく、機会を頂き自分でバランスしていくものなんだと思いました。
他人に治してもらうという意識があると、期待が生まれます。期待が生まれるとそれにそぐわない結果だと落胆します。
落胆すると、悲しみや怒りなどネガティブな感情が生まれます。そしてそれに振り回されて生きていくことになる。
パンチャカルマを受けるに越したことはないかも知れませんが、色々な事情で受けれないとしても、
毎日の「生活態度」を丁寧に、丁寧に意識的に生きていくことこそが重要なのだ思います。

ドクター、奥さんのギータさん、サマンヴィタ、シヴァート、セラピストの方々、スタッフのクマールジ、インドリアーニ、ガヤトリー、シヴァジ、
他スタッフの皆様、そしてヨーガマスター・カーリージ・・・今回、この機会を頂けて感謝しています。
なな先生、たけし先生、いつも心を尽くして頂きありがとうございます。ブナさん、色々と我慢をさせてしまいました、ありがとう。
パンチャカルマのメンバーの皆様、一緒に過ごしてシェアをしてくれてありがとう。いつも助けて頂きました。一緒に来れてよかったです。!(^^)!
ここに来させてくれた両親、クラスの生徒の皆様、ありがとうございます。
そして、私をここまで導いて下さった全ての神様へ感謝を申し上げます。
ありがとうこざいました。

(H.Iさん)

パンチャカルマとクリニックでの生活を振り返って

インドから帰国して、早1か月が経とうとしている。
今回の経験は感じたこと考えたことが多すぎて、何から書こうかまとまるのか思案中だが
思いのままに書いていこうと思う。

今回のアーユルヴェーダの旅は自力では行けないはずだった。
先生方がバックアップしてくださり、今パンチャカルマを受けるべきと背中を押していただいて参加することができた。思えば確かにその通りで、行くことができたから「今」があって、こうして前を向いて進むことができている。

パンチャカルマを受けたいと思ったのは、今まで身体を大事にしてこなかった積み重ねが
溜まって詰まって、1枚膜を覆われたような感覚で、直感が鈍っていると感じていたから。
そして、ここでいったん立ち止まって、自分の身体と心と向き合いたかった。

感情と身体の毒に向き合う

クリニックに着いて3日後にギーを飲み始めた。
今まで体内に溜めてきたもの、アーマ(毒素)を引きはがす作業。
ギーを飲んでいる期間は、携帯の電源を切り、なるべく言葉を発せず、お風呂にも入れない、ご飯はキチリのみ。
私は全部で4日間のギー。1日目、最後の日がきつく、気持ち悪さと満腹感が続く。2日目に、舌に反応があり、隠れていた身体の不調を知らせてくれた。日に日にギーはだんだんと深い組織細胞にまで染み渡っていき、それと共に、蓋をしていた感情の詰まりが外へ出てくる感じがした。なんでお酒を毎日飲んでいたかということと、向き合わなければいけないと思いながらも、できればこのままなんとなく暮らしていけたら…と現実逃避していたことも、それが詰まりとなって、感じる力を鈍らせているということがわかった。感情が表に出てきて声を出して泣くこともあった。
そして5日目にパーゲーション。アーマを出すこの治療が一番しんどかったけれど、浄化されていく身体と向き合った長い1日となった。パーゲーションの後は、覆っていた膜がはがれたように、視界は明るく、味覚も繊細に、五感が澄んでいた。

どこにいても毎日は特別なんだ

その後は、きれいになった身体に今度はエネルギーを入れて、さらに残ったアーマを出していく治療を続けた。ドクターが、個人の資質や今の状態に合わせてトリートメントを決める。
トリートメントはいくつもあって、Abhyanaga(オイルマッサージ)、Podikizhi(ハーブとオイルを身体に叩いて染み込ませる)、Shirodara(額の辺りにオイルを垂らす)、Udvartanam(パウダーマッサージ)、Nasya(鼻からオイル)、Pitu(部分的にオイルを浸透)、
Pizhichil(オイルバス)、Vasti(お尻からオイルを注入)など、たくさんのトリートメントを
信頼できるセラピストから受けることができた。
基本、毎日2回のトリートメントと毎朝のドクターのコンサルテーションと、早朝のアーサナクラス、夕方の瞑想クラスがあり、私は瞑想クラスがお気に入りで、日に日に変わる感覚を味わいながらゆっくり過ごせる時間だった。

トリートメントは心地よく、感覚はクリアで、ご飯がおいしい、お腹がすく、風を感じる、
人の優しさ、共に学べる仲間がいること、信頼できる先生、今生きてると感じること、
自然は変化すること,他人との違いを認めること、毎日たくさん感じて、
なんて贅沢な毎日なんだろうとありがたく思い、でもほんとは日本での暮らしも贅沢で幸せなのに、自分が当たり前に思ってしまっているだけで、どこにいても毎日は特別なんだ、それを忘れたくないと思った。

ドクターにいただいた光の言葉

ドクターのコンサルはいつも一人一人に丁寧に向き合って、些細な心配事も悩みに対して、進むべき方向を示してくださった。
「すぐに答えを出そうとしなくていい、丁寧に見て考えて,手放す時はやってくる」
「ひとつひとつできることから、急がなくていい、焦らないで」
「ありのままをありのままに受け入れる」
ドクターはいつも光になる言葉を投げかけてくれた。

「その時その時のタイミングは計られるべくしてそのようになっている」
「起こることは起こる」
日本に帰って、それを目の当たりに感じる出来事が起こって、混乱して、悩んで、
目の前が真っ暗になったけど、そこにドクターが示したくれた光があって、
インドに行けたことも、この出来事も全部全部繋がっていることを感じた。

ようやく前を向けた今、
インドで学んだこと、感じたこと、それを日本の日常の中でまた体験して、気づいて、
改めて感じて、自分のものにしていくことで、理解が深めていきたい。
そして言葉する。伝えるための言葉に。
ゆっくりと、光の射す方向に一歩ずつ進んでいこうと思う。

(C.Yさん)

2016年12月年末から 2017年2月初旬の約2ヶ月間、インド・コインバトールの高地にあるクリニックで、アーユルヴェーダトリートメントがあり、tsuchiが参加者のみなさんをサポートさせていただきました。
そのなかで、今回は4名、30日間のパンチャカルマトリートメント(浄化療法)を経験されました。
トリートメント終了後、体験者のレポートをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
ご興味を持たれている方のご参考になれば、嬉しく思います。


自分を理解するツールとしてのアーユルヴェーダ

帰国して20日目にこれを書いてます。
もうそんなに時間が経ったんだと驚きます。

改めて、インドでの時間の流れと日本の日常での時間の早さが全く違うことに気づきます。
また、自分の意識次第でその早さは変えることができるんだなぁと思います。
インドにいる間は、色んな経験を受け取りながらも、それでもすぐ日常に戻ってしまうんじゃないだろうかと思っていましたが、帰国して10日ほど経ってやっと日常に馴染んできた自分に気づきに、そこから色んな変化を感じ始めています。

私のパンチャカルマのテーマは、フィジカルな面よりも感情の部分の解放でした。
数年前、アーユルヴェーダの基礎講座を学び始めた時、見たくなかった(でも知っていた)自分の感情や考えがふつふつと湧き上がってくるのに気づき、とても戸惑いました。
でもどこかでそんな自分と向き合いたい、許したい自分がいて、おそるおそる見ていこうと決めました。それがプラクリティ、自己本来の特性を知るという学びでした。
一つ一つ知って受け入れていくことが、纏っていた鎧を一枚ずつ剥がしていくような感覚でした。自分と向き合うことは私にとって気持ちのいいことばかりではありませんでしたが、基礎講座が終わる頃とても軽くなっている自分に気づきました。
その頃にいつかパンチャカルマを受ける!と決めました。

天国のようなクリニック。でも(日本での)日常が大好きだと気付いた

念願のインド。
ドクターのクリニックは家族を迎え入れてくれるような温かい場所でした。素晴らしいホスピタリティで何のストレスもなく、本当に美味しいオーガニックフードを食べてトリートメントに集中できました。ナナ先生、タケシ先生のサポートにも心から感謝しています。
あと色んな経験や気持ちを日本語で共有できる仲間がいたことは本当にありがたいことでした。
1ヶ月の滞在中、日本にいる家族や大切な人に会いたいなと思う事はあっても帰りたいと思う事はなかったです。
パンチャカルマ中、特にギーを飲む期間中は体面でも感情面でも自分とがっつり向き合うしかなく、辛かったですが、今思うと逆にあれだけ自分の体と心と向き合うなんて日常の生活ではあり得ないので本当に貴重な時間だったなと思います。
パンチャカルマって何?と帰国してからよく聞かれますが、
私にとっては、日常を一層楽に、豊かに生きる為に本来の自分戻るメソッドなのかなと感じています。
天国のようなクリニックでの生活は夢のようでした。
日本での日常は仕事もありますし、人間関係も色々あれば、辛いこと悲しいこともたくさんあります。
でもパンチャカルマを終えて帰国した今は、そんな日常が大好き!最高!!と思います。
パンチャカルマの経験を胸に、私は煩わしい事もたくさんある日常を大切に生きていきたいです。

パンチャカルマを受けて変わった食事。

食の大切さを改めて感じました。毎日オーガニックな素材を丁寧に調理された本当に美味しい食事をとりながら、体やメンタルが弱った時に食事と睡眠で回復していくのを実感。食べることは私なんだなと強く思いました。
帰国してから、全てオーガニックは難しいですが、できるだけ生き生きとした素材で
丁寧にお料理する事を心がけています。
頭ではわかっていたことですが、身に沁みたのと、そうしてみるとすごく気持ちいいことなんだと気づきました。お肉はあまり食べなくなりましたが、
菜食主義なのではなく、気持ちいい方を選択しているという感じです。
たまに食べたりもしていますし、お肉が悪いなんてこと思っていませんし
この先お肉を食べる方が気持ちいいと思えばそうするかもしれません。
自分の内と相談しながら選択していくつもりです。

お酒の量が劇的に減りました。
毎日晩酌する習慣があったのですが、無理矢理ではなくそれも気持ちのいい方を選んだら飲まない方だったという感じです。
でもゼロではなく、お付き合いの時に1杯ぐらい飲むときもあります。
だからと言って大好きな人や友達たちとの食事の時間がつまらなくなることもありません。なくても楽しいだなんて!笑
これは私にとって大きなことです。

なんともいえない幸福感。時間。感情の安定感

パンチャカルマ終盤で、なんとも言えない幸せな気持ちを感じていたのですが、
日本でもその気持ちが続いています。
仕事も通常のペースに戻って、ハプニングやトラブルももちろんありますが、感情が安定していて、「大丈夫」と思えるんです。
状況をスローモーションのように眺められるような感覚で、感情に流されることが少なくなりましたし、ハッと持っていかれそうになっても戻ってくることができます。
その結果、効率もいい時間の使い方ができているように思います。

1番の変化はやはり感情の部分です。
自分はこうあるべき…みたいなルールがいつのまにかあって、自分を愛せていない、認めてあげれていなく、やってもやっても不安で、ゴールが見えない状態でした。
パンチャカルマでは、もう委ねるしかない瞬間がたくさんあります。
セラピストに、ドクターに、自分の体に、自分の心に、インドに、自然に、宇宙に、
「もう好きにしてください!委ねますから!」と決めた時に、高く積み上げてきた自分の壁がガラガラと崩れたように思います。
そしてなんだかとっても清々しい気持ちになりました。
もちろん、クセで頑張りすぎそうになることもありますが、すぐ気付いてあげれます。
ここはちょっとがんばろう、とか、いや、これはやめとこう、と意識的にいることができます。その時の感情を感じます。

日本に帰ってきて私以上に変化を感じてくれているのがパートナーです。
今まで私に対して、近い存在なんだけど、どこか腹の底からじゃない部分というか、意識しないぐらいのところで壁を感じるようなところがあったらしいのですが、なくなったと言ってびっくりしています。私にはそんなつもりはなかったのですが……(笑)
色んな事を話しますし、インドに行く前よりもいい関係になっていると思います。

友人や家族やに対しても、自分にも相手にもこうあるべき、というものがなくなって、
あるがままを楽しめます。
これから色んなことがあると思いますが、ひとつひとつと思っています。
三歩進んで二歩下がるぐらいのスピードでいいかな、と。

世界平和につながる!

こうやってひとつひとつ文字にして改めていい経験をさせてもらったなと思います。
これからもアーユルヴェーダを学んでいきたいですし、また何年か後にパンチャカルマも受けたいです。
この体の人生で、この年齢になってこれだけ意識的になれるなんて
本当に面白いなぁと思います。
この気持ちを少しでも多くの人が経験することでその人の空気が気持ちよくなってそれがその人の大切な人へ伝わって連なって世界平和につながる!と信じています。

本当に貴重な、素晴らしい体験をありがとうございました。
日常に戻った今、パンチャカルマの経験にもっとより添えているように感じます。
これからも続いていくんだなと心から楽しみです。

(R.Nさん)